令和2年8月 - 青年の声
今年はConvit19により毎年の九州産業医科大が学生の研修は中止になりました。
ですから、そのほかの若い來山者のうちから幾つかの回想記をご紹介します。
アンナ フレイタグ (ドイツ)
2020年1月、わたくしは真命山で幾日か過ごしました。真命山は熊本県の美しい丘の上に立っています。それはわたくしの日本滞在最後の時でした。わたくしは日本の宗教について研究するため2019年9月、京都に着きました。滞在中、仏教や神道、新宗教、またキリスト教などについても多くのことを学びました。わたくしはキリスト者ですから真命山は、日本から離れる時にあたり、特に美しさが目立ちました。
わたくしにはあの数日はとても素晴らしい日でした。季節が特に素晴らしかったと思います。霊性の季節を楽しみ、朝夕の沈黙の中の祈りを楽しみました。また座禅も体験しました。
真命山では日常の生活を離れて和やかな空気の中で考えに耽るときがいっぱいありましたので、日本で過ごした月日を反省することができました。
日本滞在期間は同時にわたくしの研究継続期間でもありました。諸宗教対話では会話を通じてまた真命山センターでの生活からも多くのことを学びました。疑問が思い浮かぶ度に真命山の小さな図書室でそれに応える記事が見つかりました。本当に温かく迎えていただいて感謝しています。
祈りとミサに与らせていただいて感謝しています。真命山の皆さんが分けてくださったクリスマス・ケーキ(クリスマス・シュトレン)のことにも感謝です。
観想できた朝日と夕日にも感謝です。沈黙の中でできたすべての広く開いた会話と沈黙の中で一緒に過ごした時間に感謝です。
ルカ クッファロ (イタリア)
日本到着は台風と重なりましたが、運よく熊本県との縁につながり、日本という世界が忘れられなくなりました。永い間期待していた旅の目的はいろいろありました。わたくしの仕事は、装飾用植物の栽培です。ヴェルバニアの大きな植物園で椿、紫陽花、日本楓つまりもみじを栽培している身にしてみれば、椿栽培の本場を訪ねることは本望でした。まさに熊本は、肥後椿のときめく誕生の地でありまた長年にわたり栽培してきた日本のこの南の地は、この度の旅行の主な狙いでした。
またわたくしの狙いには宇治周辺のお茶の栽培現場を訪ねることもありました(宇治茶の名称は有名です)。それらの中で、大切な目的は真命山諸宗教対話センターでした。そこにほぼ一か月滞在しました。そこでフランコ・ソットコルノラ神父様、ピエトロ園田神父様、マリア・デ・ジョルジ先生、友添さんに出会ったことは幸運でした。それぞれ日本文化と日本の歴史のなかに見える宗教性について造詣深いかたがたであり、わたくしを快く受け入れてくださったうえ、日本という世界に正しく入るための基本を教えてくださいました。
真命山の歴史は、この日が昇る国に近づき、知ろうとするすべての人に欠かすことができない真珠です。古川老師とフランコ神父の勇気の出会いの場の構築と継続は、極めてユニークな現実です。寺院や博物館そしていろいろな町の素朴な道を見学し、引き続き大阪、京都、とても美しい奈良、広島、長崎、鹿児島についてフランコ神父様たちの案内が無ければ、しっかり認識することはできなかったと思います。そのおかげで「わたくしの人生の歩み」の中ほどで、わたくしは日本を謙虚に生き、丁寧また敬意をこめて見つめることができました。
滞在期間は濃厚でしたが、残念ながら非常に短く感じました。今もなお、そのときのあらゆる経験が喜びとして残っています。真命山の夕日やいろいろな土地の風景を懐かしく思い出します。本当に「わずか」しか見ていないのですが、真命山で毎朝、祈りの間、また夕の食卓で受けた知者のことばに特に感謝しています。人間としてとても豊かな思いで家に帰りました。そう長くない将来、もう一度訪問したいと思います。
アンナ ダル・リ (イタリア)
わたくしの真命山体験は、「美」の体験です。 現地に着いて、まずその「美」に驚きました。かわいい砂利の小道に沿って小さな木造の家が草木に囲まれて建っています。杉と竹の丘の上にすべてがあります。阿蘇連峰の方から朝日が昇り、有明海に陽が沈みます。
さらに二つ目の「美しさ」は沈黙です。それはすばらしい沈黙です。どのような訪問客であれ、朝はじめの時間は沈黙ですし、夕方も沈黙です。
わたしたちが普通に生活している空間では極めてまれなこの沈黙という形の美しさをイタリアに持って帰ろうと思いました。ミサをささげた本堂を訪ねたとき、そこに本当の霊性がただよっているのに気づきました。外的な形を超えて伝統の文化や芸術と結びついている「美」がものの本質と普遍的な価値を包み込んでいます。さらにわたしの滞在中、わたしをこのセンターに迎えてくださった人々の美しさに触れる必要があります。フランコ神父様のかぎりない奉仕と変わらない優しさに今もまだ感謝しています。マリア先生の深い知性と感性、素直で風刺的な知恵のピエトロ神父様、そして友添さんの献身と謙虚な素晴らしい振る舞い。
わたくしの短い真命山センター滞在期間に、わたくしが持って行ったものよりはるかに多くのものをいただきました。心から感謝いたします。わたくしがイタリアを出発する直前まで抱えていた大切なことに決断をくだす助けをいただきましたから。あの美しさを心に保ち続けていつかそれに花を咲かせることが必要だと気付きました。一年後にも、あの真命山の霊性がわたくしの心の中では働き続けていることでしょう。神様がわたくしのこの決意と、またあの霊性と他者にたいする「美しさ」をたもてるよう助けてくださいますように。
オンノ・ホフマン (ドイツ)
六ヵ月間滞在予定で日本を訪れたのは諸宗教対話関連のことを研究するためでした。まず京都のクリスチャン・センターを訪ねて三か月教室に出席し、その後は日本国内の研修旅行を企画し、実生活体験の中で何かを掴もうとしました。
旅行の間に多くの寺院を見学し、僧侶や仏教信徒と話しました。そして自問しました:「ただクリスチャンであるという事実が「宗教間対話」ではないのか。事実、わたくしは生まれがキリスト者であることという視点から物事を見ようとしていました。ですから自分がキリスト者であるということの確認とそのことが日本では何を意味するのかという両サイドを知ることを学び取ろうとしていました。
わたしが最初に学んだ京都NCC宗教研究所で真命山を紹介されましたので、長崎地域の隠れキリシタンの跡地を巡った後、熊本の真命山へつづく小道を登りました。そこでわたしの急ぎ足は止まり、安らぎを得、生活のリズムが変わりました。自然に近づきそして自分の信仰に近づいたのです。まさに真命山で信仰を探し求め、信仰について語り、信仰を体験し、なお他者を介してそれを行ったのでした。
義務ではない生活の中で、多くの可能性が見えてきました。もしも外部と連絡したければWiFiがある。しかし、わたしはアイフォンを切り、山々のあちこちで囀る小鳥たちの啼き声に聞き入り、はるかに熊本の阿蘇山や玉名の風景を眺めました。一日は朝日が昇る景色からはじまり、夕日が沈む時に終わりに近づく。その間、あちこちと場所を変えて幾度かの祈りの時がある。問がおきる。しばしば沈黙の中で。
時を止めて、真命山にもっと長くいたいと思う。幾日か過ぎて、このような体験は内面的健康のためだけではなく神との関係をたもつために必要だと感じる。
ときどきカトリックとプロテスタントが出会い教義について話し合う、その中身はエキュメニズム的というよりは宗教間対話であるように思う。ともあれ、自分のことばに、しかも国際的雰囲気の中に、異なることの奥底に、ペンテコステのように一つになって「主の祈り」を祈る所作や生活実践に、なにか本質的なものがある。
サラ・ノヴェンタ (イタリア)
昨年の夏、自分に特別のご褒美をと思い懐かしい日本を再訪問しました。わたしにはすでに2012年訪日の経験があります。トリヴェネトの神学部在学中のことでした。諸宗教対話関係で奨学金を受けたので曹洞宗禅のお寺で体験学習をし、東京の大学のゼミに出席しました。その旅行の準備をしていたときパドア出身のある神父様の紹介でザベリオ女子宣教会のマリア・デ・ジョルジ先生を知り、結果的に真命山を知りました。しかしその年は真命山を訪問できませんでした。でも太陽が昇る国をもう一度帰ろうと心に決めていたことが二度目の訪日につながりました。
もともとキリスト教と日本の諸宗教との対話に強い関心がありました。日本のような産業と先端技術大国でどのような実際生活ができるのかこの目で見たいと関心を持っていたのです。特にこうしようと考えていたわけではありませんが、ただ見聞きしたことや体験したことを素直に受け取ろうと思っていました。
真命山には10日間ほど滞在しました。真命山は自分の家にいるかのような雰囲気でした。その小さな共同体は、フランコ・ソットコルノラ神父、ピエトロ園田善昭神父、マリア・デ・ジョルジ先生、友添恵美子のみなさんで成り立ち、それぞれ親切で気遣いいただき忘れがたい経験を積むことができました。皆さんと対話を重ねながら真命山の目的と歴史をよく知ることができました。また九州地域のカトリック信徒の活動や日本文化の一面を深く知ることもできました。
ごミサや毎日の祈りの間だけではなく、とくに沈黙の中での作務(この霊性センターの建物・庭園を清掃する単純な作業やその間の自分の心の清浄も含めて行う沈黙の務め)がわたくしの霊性を深める手助けになったように思います。
覚醒を誘う自然の静寂の中で、わたくしは被造物の深奥の美を観想し、その貴重な恩恵のおかげで自分の任務遂行について改めて覚醒したように思います。落ち葉を掃き、雑草の芽を引き抜きながら、わたくしの頭からものごとの本質をとらえる能力を妨げていたものから、そして眼前の現実から気を逸らせる沢山の雑念から解き放たれるのを感じました。
少しずつわたくし自身の内面の均衡を取り戻すことができました。そして一切の被造物と和して共生する感じを楽しむようになりました。わたしにはそれが大変必要でした。
作務の中で「行動の中の瞑想」のある種の孤独を発見し、月の黙想の中で…それに参加することがありました…」宗教的分かち合いの経験もしました。その「沈黙と黙想」の集いにはキリスト者も非キリスト者も参加していました。参加者が本堂に集り、フランコ神父の指導のもとで聖書が朗読されました。すでに信仰生活に入っている人は自分の心に深く入り瞑想しました。そうでない人にはキリストのメッセージを知る機会になりました。
聖書朗読につづいてその中のいくつかの節について解説があり、次におのおのが反省し、共に生きていることを思いながら福音のメッセージを受け入れ、それについて自問し、またそれに促されてどの宗教を受け入れているかに関わりなく、たがいに親しい関係を築き上げながら生きることの美しさを感じ取ることができました。
その黙想の集いとは別に、真命山を一人の若い少女がマリア・デ・ジョルジ先生からカトリック要理を学ぶために訪ねてきた時、わたくしは格別の感動を受けました。その少女との短い会話の中でわたくしは自分の信仰の証しをするように促されているのを感じました。
そのような感じは初めてのことではありませんでしたが、今回はなにかが違いました。質問は単純な興味から出るものではありませんでした。かえってその時、キリスト者であることの違いをどうしたら解ってもらえるのかと反問しました。彼女が信仰を耐え忍びまた内面の動揺を軽くするにはどうしたらいいのかを援ける責任さえ感じました。もしも教会が「本質的に宣教的」(AG n.2)だとすれば、・・・そこまで考えた時、わたしは感動をおぼえました。その一瞬、わたしは宣教の喜びを発見したのです!
その時、わたし自身が熱意に燃え、わたしが所属する宣教グループの言行に批判的眼差しを向けてしまいました。わたしたちはただ物質的貧困の中で生きている人々に対する人間としての支援だけに心を用いてしまいますが、それはただ一つの面であり、別の面である宣教活動の本質を忘れていることに気づいたのです。貧困はいろいろな形で現れます。その一つが豊かな社会に潜むもう一つの貧困、つまり精神的貧困です。宣教者であるとは相手の人格のすべてと関わることです。肉体も養いますが、それよりも霊魂、霊魂の空虚を埋める手伝いをすることなのです。
宣教師とは、まさにイエス・キリストの形に合わせて生き、神の愛の証人となることなのです。イエスは、わたしたちを決して見捨てることなく、受肉の神秘の中でわたしたちの生命を生きることを選び、人という存在の最も暗いところに挑戦して、わたしたちが恐れることのないようにお計らいくださる。そのイエス・キリストと共にあることが真の生命であると証しすることなのです。
日本を離れたあと、イタリアに帰って続けさまに起きたことは、このような経験を想い起こし、またそれを人々に話すことでした。それは自分の記憶の中にとどめておくにはあまりにも重大なことでした。心の一部を残して後にした真命山で得た学習成果を常に大切に保ち続けたいと思います。またいつの日か(たびたびであります様に)また真命山に帰ります。その時はまた新しい冒険になるでしょう。
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